コーヒーロースター・クラシコの手仕事

 火を熾す。まだ静まった店内で、やがて焙煎機の本体 ドラムが回転を始め、ローストの手仕事、ロースティン グが幕を開ける。  生豆投入前の暖機を経て、いよいよ上部ホッパー からハンドピックを終えて正確に計量された生豆を、 祈りとともにマシンの心臓部へと一気に送り込む。タ イマーの計測開始と同時に、蒸気機関車のような躯 体の焙煎機に投入された生豆は、回転ドラムの駆動 に応じてザクッ、ザクッ、ザクッと重量感のある力強 いリズムを規則正しく刻みはじめる。  クラシコのローストはここから始まる。それはい つも黙々と密やかな熱気に包まれる。  ローストは、限られた短い局面のなかで、豆とい う素材を活かすイメージを立体的に描き上げてい く、そのような構想力と技術が求められるとても創 造的な手仕事だ。ロースターの仕事は、暗い海底 の潜水艦のように思考や作業を深く静かに潜航させ ていたかと思えば、ある時は短距離走のトラックラ ンナーのように溢れる光のなかを全力で一気に駆け

猛暑でうだるような真夏や、粉雪の舞う凍える真 冬など、季節や気象がもたらす変化のなかで、マシ ン内部や豆の温度上昇、焙煎の経過時間、火力を 司るガス圧微調整、燃焼排気系のダンパーコント ロールなどに絶えず五感を研ぎ澄ます。左の利き眼 を凝らして、豆質に合わせた微調整をはかりながら、 最高の仕上がりだけをイメージする。豆の煎り具合 の表情や香りをテストスプーンで確かめる。天使の ように舞いはじめるチャフの動きをとらえ、右手の 指先に焼けつくような熱気を感じながら、刻々と変 わっていく豆を、狩猟犬のように集中力を切らすこ となくエンドへ向けてひたすら鋭く追いかけていく。  釡へと放たれた豆は熱せられ、はじめ乳白を帯び たエメラルド色、メロンの表皮のような緑色から、 しばらくするとキャラメルのような黄色い茶味を帯び て、そのうち年季の入った渋いイタリアンレザーのよ うな色あいへと向かう。乾草のような生豆の香りは失 せて、焼き栗や焼き菓子、ピーナッツバターのような、 熱気を帯びた甘ったるい香りをあたり一面に漂わす。 これはローストの時だけに放たれる特別な香りだ。 徐々に豆の含水が飛び、マシンのドラムのなかで奏 でられる豆のダンスは軽やかなものになる。耳を凝 らす。そのうちパチパチと連続的にハゼを起こす。 豆を釡から取り出す瞬間が近づいてきたことを示す ひとつのしるしだ。  豆ごとに焙き方をいつも考え、仕上がりのベスト ポイントを掴み、そのタイミングで釡の前蓋を豪快 に跳ね上げる。甘い濃厚な香りと熱気に包まれた豆 が、釡から外部の冷却槽へ勢いよく解き放たれる。

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ついに生豆がクラシコのローストしたコーヒー豆へ とカタチを変えて立ち現れる、その瞬間だ。様々な 豆ごとに、このようなローストを日に幾度となく繰り 返す。  高品質でトレーサビリティが明瞭な食材と同様 に、正しい手間を施されて収穫された良質なコー ヒーの赤い実。そのおいしさのポテンシャルは自明 だ。おいしさには、かならず理由があるものだ。  クラシコでは厳格なLCF スペックに適う最高品質 のスペシャルティコーヒーだけを真剣にローストし、 品質と同様、販売鮮度もまた一切妥協はしない。コー ヒーロースターは、素材を極限に活かして勝負する 旨い鮨屋に良く似ている。  このハイエンドの生豆を、ローストの工程に託さ れた厳しい制約、あるいはその委ねられた可能性 のなかで、あずかった品質に報いる最高の仕事を 発揮できるかどうかが、おのずからこの小さなマ イクロコーヒーロースター、クラシコとしての絶対 的な使命となる。  ロースターとしての仕事は、緻密で奥深い側面を

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もつが、非常にシンプルでもある。60kg の麻袋を扱う体力も要れば、地味なハンドピックをひたすらこなす忍耐強さも、香味のニュアンスを確かめるカッピングの繊細さも日常的に求められる。失敗をしては試行錯誤し、素材に何度も立ち返る。多くのお客さまに育てていただきながら、クラシコの手仕事は長い旅の途上にある。赤道付近の遥か異国、苛酷な環境のもとで栽培収穫され、多くの人の手や作業を介し、大陸や海や空を越えて運ばれるコーヒー豆という農作物が、このクラシコの店先に届くまでの広い世界を頭のなかで想像する。そして、思いを込めてローストしたクラシコのコーヒーをまたさらに、今どこで誰がどのような風景のなかで飲んでいるのだろうかと眼を閉じて、映画の群像劇のシーンのようにイメージを広げていく。コーヒーのある風景、その交錯する物語は尽きることがない。 休日の朝焼けのなか、雨の午後のひととき、誰もが寝静まる真夜中、あなたの日々の暮らしのなかで手にする一杯のコーヒー。 人それぞれのかけがえのない人生や生き様に響くといえば大袈裟で壮大だけれど、一杯のコーヒーが放つ力を信じ、そんな心揺さぶるコーヒーを追い求めながら、これからもコツコツと丁寧に魂をこめたローストの手仕事をして、このクラシコからお届けしていきたい。  切り取られた視界の先、少しだけ遠くに見える海を船がとおる。この小さなまちの朝の風景を眺めながら仕事場へと急ぐ。やや風があるが、空は澄んで青い。そして今日もまた、クラシコのローストは間もなく始まる。旅するコーヒーとともに。 喜びや平穏、あるいは孤独や哀しみや苦悩のなかにさえ、私たちのコーヒーが、いつもあなたの手もとのカップにあることを願いながら。

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